はじめに
クリストファー・ノーラン監督の新作「オッペンハイマー」が公開されました。
アメリカ公開日は2023年7月21日、日本公開日は2024年3月29日です。全米公開から8カ月遅れての日本公開となった。日本への原爆投下の描写が議論となり、公開日が長引きました。早速『オッペンハイマー』を観てきました。
感想
- 日本人にとってはやはり辛い トリニティ実験の成功に湧き上がるスタッフの姿が描かれ、原爆投下を肯定するアメリカの視点が浮き彫りになっています。この場面は、被爆国である日本人にとって非常に悲しいものです。
最近の「バーベンハイマー」騒動が示すように、「原爆投下によって戦争が早期に終結した」というアメリカの見方は、今なお根強く残っているのではないか。そうした原爆肯定派のアメリカ人に対しては、厳しい目を向けざるを得ません。映画では、広島・長崎の惨状を直接的には描いていませんが、黒焦げの遺体の幻影や、被爆直後の写真スライドをオッペンハイマーが直視できない場面などを通して、間接的に表現していました。議論の分かれるテーマに攻めたことに、私は評価したいです。原爆の人道的な問題に、注目を集めるきっかけになりました。
↓トリニティ実験の舞台。現在でも円形の跡が見える。
- 音響効果 原爆の爆発音・拍手の轟音からは、オッペンハイマーの葛藤を感じます。また、ルドウィグ・ゴランソンによる特徴的な音楽は、量子からインスピレーションを受けたそうです。会話劇でも常に音楽がありました。
- IMAX効果 撮影監督とプロダクションデザイナーは、『NOPE』を担当された方です。IMAXを活かした作品づくりに一役買っていることでしょう。
- トム・コンティ登場 ノーラン監督が『戦場のメリークリスマス』を好きなことは知っていましたが、まさかのサプライズでした。トム・コンティは戦メリでローレンスを演じていましたよね。
微妙なところ
ヌード 該当シーンは短いながらも、ちょっと気まずいです。これが原因でR指定になりました。
音楽 常に音楽が流れているイメージなので、その点で少し疲れてしまったかもしれません。
情報多い 登場人物の多さと時系列の複雑さに、混乱します。ノーラン映画あるあるですが。公式サイトで、登場人物ぐらいは予習しても良いかもしれません。
物理学
ロバート・オッペンハイマーは理論物理学者ですが、ノーラン監督は英文学を大学で学んでおり、物理学の正規の教育は受けていません。しかし、ノーベル賞を受賞した物理学者キップ・ソーンとの仕事をきっかけに、物理学への強い関心を持つようになりました。(驚くことに、ソーンはオッペンハイマーの講義に参加したことがあります。)量子の振る舞いの映像表現は、彼だからこそできたのです。
AI開発との共通点
ところで、AIにおけるXリスクをご存知でしょうか。人工知能(AI)の発展によって人類の存続が脅かされるリスクのことを指します。
アメリカの非営利団体、AI安全センターは「AIによる人類滅亡のリスクを軽減することは、パンデミックや核戦争などと同様に世界的な優先課題だ」とする声明を出しました。
AI開発の姿勢には、以下の2つがあるとされます。
技術進歩に対する姿勢EA(効果的利他主義)は、AIなどの技術進歩において倫理性と安全性を重視し、規制の必要性を訴える慎重派の立場。e/acc(効果的加速主義)は、技術進歩を無制限に加速させることが人類の問題解決につながると考え、規制に反対する楽観派の立場です。
新技術を不用意に世に出す危険性という点では、原爆開発から学べることがあると思います。
まとめ
天才科学者の栄光と転落を描くオッペンハイマー。日本人にとっては辛い描写があるものの、アメリカ視点の、原爆開発の過程は興味深いです。一方、史実とは異なるとの声もあり、その点は一次資料を参照する必要がありそうです。
政治と科学の観点から、もう2度3度観たくなる戦史スリラーです。
↓映画『オッペンハイマー』の原案。